家族信託は言ってみれば相続のためのオーダーメイドの契約書。信託契約の仕組みは自由度がとても高いので、人それぞれの事情や、さまざまなケースに合わせた財産管理が可能となります。以下にいくつかの事例を挙げてみました。
ご高齢のAさんには、認知症を患った妻Bさんと3人の息子がいます。Bさんの所持金を、事業に失敗した長男や放蕩息子の次男がいつも持ち出しているのを見るにつけ、「遺言によって私の財産を妻が相続しても、認知症だから財産管理ができそうもない。自分が先に亡くなったとき、妻の生活はどうなるのだろう」とAさんの心配は絶えません。
幸い三男が堅実です。こうした場合は家族信託を利用することで、妻に残す金融資産を三男に託して、妻に必要な生活費や医療費などを三男から渡すようにすることが可能になります。
最近、節税対策として、毎年非課税の枠内の100万円を子供に贈与し、そのお金で子供を契約者・受取人、親を被保険者として、保険契約をするという方法が行われています。
こうすれば毎年の100万円に贈与税がかからず、保険も子供自身がお金を出しているので、もし親である自分が死んでも、相続税もかかりません(一時所得はかかります)。何年かかけて、自分の財産を子供に移転させるのです。しかし、これには落とし穴が……。
認知症になってしまったら、この計画はたちまちとん挫します。認知症になれば、子供に贈与ができなくなってしまうからです。これはかなりのリスクです。毎年、非課税枠で贈与を繰り返すつもりでも、もし1年で認知症にかかってしまうと、わずか1年で計画が頓挫してしまうのです。
家族信託なら、認知症になったあとも、管理を託された家族の誰かが子供に贈与を続けることができ、自分が死亡するまでまで財産移転ができるのです。
「父親が亡くなって、遺言書が見つかったのですが、今後どうすればいいでしょうか?」と、最近、私のところに相談に見えた方がありました。
銀行に行ってみたら「財産を凍結します」と言われ、お父様の預金をおろすこともできず、立て替えた葬儀費用も返してもらえなくなったとのことです。
このように遺言が見つかった場合には、裁判所に行って「検認の申し立て」という手続きをし、その後、裁判所から相続人全員呼び出され「検認」という手続きになります。この方はその後、姉妹で遺言内容に不服があり、遺産分割協議をすることになってしまいました(遺言書がない場合には、遺産分割協議をするケースがほとんどです)。
遺産分割協議の手続きは煩雑で、途方もない時間がかかることがあり、もし相続人の中に、亡くなった方が生活の面倒をみていた人がいた場合は、手続きの期間中、その人は生活もままならないこととなります。また、不動産は長期間空き家となることが予想されます。
このような場合も、家族信託をしておけば、相続開始前に財産を信頼できる親族の一人に管理を任せる(形式的な登記移転、名義変更)ことができるので、円滑に相続を進められます。
娘2人をもつ母親Cさんは、小さなマンションと多少の貯金を持っています。娘の一人には障害があり、生活に支援が必要です。もう一人は浪費癖があり、住居も明かさないような不良娘。それでも頑張って暮らしてきたCさんですが、がんが再発して、急に将来の不安に駆られるようになりました。
このように信頼できる親族がいないという場合は、家族信託の中の遺言代用信託という制度が利用できます。自分が死んでしまった後も、不良娘が短期間に相続財産を浪費してしまことを防ぎ、一方で障害のある娘が生涯にわたって安定した生活を確保することが可能となります。
Dさんには、離婚した前妻との間に娘さんが一人います。再婚している喜八郎さん、自分の死後は現在の妻・Eさんを、引き続き自宅の敷地と建物に住まわせたいと思っています。そしてEさんが亡くなった後は、妻の親族ではなく、前妻や娘に土地と建物を渡したいと考えています。
これを通常の遺言による相続によってEさんにだけ土地建物を残してしまうと、Eさんと娘(自子)で相続争いが起こってしまうかもしれません。民法の規定によって、自子は法定相続人として一定の権利が認められているからです。
また、DさんとEさんの間に子どもはいないため、いったんEさんが相続すると、その死後はEさんの親族に相続されることになり、前妻との間の娘に相続させることができません。
こういった場合も家族信託を利用することで、Eさんの死亡後の相続先まで実効性のある形で決めておくことが可能になります。
もちろん、ここに挙げたケースだけではありません。複雑な条件や、どうやって伝えたらいいのかわからない願いなども、それぞれの事情に合わせた財産管理が可能になるのが家族信託の特長です。